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京都教育大学名誉教授、法学博士

土居 靖美氏

<略歴>
大正14年生まれ。
京都大学卒、法学博士。
京都教育大学名誉教授。
現在は日本法政学会名誉理事をつとめる傍ら、若手育成に尽力している。
 地方分権化推進への警鐘  2008.08.04  

 
 最近の政府の地方分権改革推進委員会における報告によれば、国の直轄する国道の所管についてそれらの整備、管理権限が都道府県に移譲されるという案が報道されたが、その中で大部分の路線の権限移譲がその勧告案に盛り込まれている。そして、道路の管理は都道府県が行い、その整備については国が行うとしている。つまり、道路整備には金がかかるからだということである。しかし、国土交通省側は、これらのうち整備と管理の分離には反対した。ただし、直轄国道のうち15%に当たる3500qについての整備と管理の権限を都道府県に移譲する考えを示している。

 また、国直轄の一級河川を巡っては、53水系の管理を原則として都道府県に移譲するよう地方分権改革推進委員会が勧告の上で示している。いずれも、一つの都道府県内だけを流れる河川で上流から下流までは地元の都道府県にそれぞれ管理を任せ治水だけではなく利水や周辺の環境整備等を総合的に進めるという狙いがある。

 そこで、こうした分権改革は、中央と地方行政の不円滑性、非合理性の解消を求められる一方で、従来の集権的行政に対する反撥と地方自治の憲法上の意義の積極的な反省を求めて地方における分権強化の推進を図ろうとするのがこんにちの世情である。

 このような現象は、憲法における地方自治という観念の再認識はもとより、地方分権という立場から地方の発展のために中央政府による関与を出来得る限り制御し地方の独自性を十二分に発揮せんとする意欲の現れとして認められる。
 
 地方自治を原点に差し戻してどのように原理的に理解されているかということであるが、これまでの学説上、通説的見解は、憲法が制度として地方自治を保障している。即ち、制度的保障というのがそれである。憲法では、地方分権として確立している制度を、これまでの歴史的沿革、地方自治という概念に照らし合わせて憲法上保障するという趣旨に解されている(例えば佐藤功『ポケット注釈全書「憲法」』有斐閣、1205頁)。従って、地方自治を否定して集権的国家になることや、中央統制力が強力で地方団体の意思が無視される如き国家は、憲法上認められないということになる。国家における関係では、中央政府は地方公共団体としての自治を認め(団体自治)、また、地方の事柄に関しては、地域住民が自ら地域に関する政治を行うということ(住民自治)を憲法が保障するという趣旨であると解される。

 ところで、こうした基本原理も時代の制度的発展や経済状況、人口動静等により、これまでの地域に変容を迫る。即ち、過密都市に対する農村の過疎化、人口状態のアンバランス、青年層の都市集中、農村における老齢化現象、経済状況の不均衡、地域開発のための産業基盤の重点的配備、人口動静の変化等々これらは結果として中央一極集中を齎した。地方における経済的社会的事情の変化は行政上、赤字行政と開発推進行政とに二分され、ここにおいて地方自治の制度的矛盾を顕在化する事情が各地にみられるようになった。その結果、前掲の如き政府の委員会による検討が注目を集めるに至ったというわけである。従って、既存の如き国の河川、道路等の管理権や整備権を地方に移譲するという行政事務の再配分の可及的効果が期待されるようになるのである。従来の中央主導型集権行政の弊害を一挙に断ち切るには、中央と地方間の軋轢が生じることも考えられないではない。そこには既往に遡っての官僚主義的気質という短所が根強く残存してきたという事実を否定するわけにはいかない。地方分権化の合唱には、それに直ちに順応しきれないところもある。

 ここでもう一度原点に戻って再考しなければならない事柄も今ここで綴蓋的に扱ってよいものか、憲法の原則は、改正がない限り、国の統治についてはあくまで制度として保障しているのであって、法律によって制度を改変することは、憲法の趣旨に従う限り許されるというのがこれまでの通説的見解であった。そうならば、安易に道州制や府県合併を構想すべきではないことは言を俟たない。すべて地方自治の本旨にもとらない限り、即ち、住民自治、団体自治の二つの原則を根幹として、仮に道州制、府県合併が実現されたとしても、それらに基本原則が保持されているかどうかが問われることになる。広域化すればするほど地域におけるエゴイズムと府県のセクショナリズムが道州制の行政的運営を阻害することにはならないか、また、逆に国の所有する府県に関する権限を大幅に地方に移譲するとした場合、地方分権の言葉通りに一見相応的に地域本来の自治として権限の実質的達成が期待されるであろうが、しかし国の地方に対する権限を形式化し、実質的には地方における権限の独自性によって、かえって地方の実質的行政権の実行力の差が歴然とする結果、地方各地域の不均衡状態を生じ国による調整的役割の欠除が地域の混乱を招来するという危惧の念も皆無とはいいきれない。憲法学説の原点をもう一度精読し、中央行政を行う上においては、地方は地方としての自主性を憲法上保障するという言葉(憲法92条)をもう一度深くかみしめる必要があると考えるがどうであろうか。

<筆者注>
憲法92条
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいてこれを定める。(下線筆者)


 
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